2007年03月31日 風呂敷の美学
こんにちは。
3月に入り、気候も春めいてまいりました。
今月のテーマは「風呂敷」です。
贈り物を手渡すとき、紙袋に入れたまま差し出すのは失礼にあたるというマナーをご存知でしょうか。
これは、もともと風呂敷の礼儀作法からきています。
日本では贈り物を持っていくときにむき出しのままではなく、包んで持っていくとされていますが、差し出す際に風呂敷ごと渡すことは「返礼の品を包んで返して欲しい」という催促を意味するので、必ず包みから出して両手で手渡すこととされています。
そして風呂敷は持って帰る。
今では、風呂敷の使用が少なくなり、紙袋で用を済ませてしまうことが多くなっていますが、ちょっと立ち止まって「風呂敷」の美学を見直してみませんか。
布に物を包むという発想が初めて登場するのは奈良時代、室町時代頃に公衆風呂で脱いだ服を家紋入りの布に包んで置いておいたことや、風呂に敷いた布のようだったから「風呂敷」という名称がついたという説などがあります。
この頃から包み方もバリエーションが増え、また武家の礼法に取り入れられるようになしました。その後江戸時代には商人が商品を運ぶために日常的に使うようになり、明治時代から一般の人に広く使われるようになり、工業化され始めます。
風呂敷といえば思い出す唐草模様も、大量生産が可能になった明治30年頃から出てきたようです。エコトワザのHPを彩る模様も、実は唐草模様にヒントを経ています。
唐草は蔓草の生命力にあやかって長寿や子孫繁栄を意味する縁起のよい模様ですが、「1本の蔓から違う種類の花がいつくも咲いている=同じ時代を生きる、いくつもの違う才能がいっしょに花開いてひとつのものをつくりだす」という意味をこめています。
彩和祭Vol1の開催にあたり、長澤昌彦氏がデザインを手がけてくださいました。
ところが昭和45年頃から、紙製の手提げ袋が登場し、これまでの包む文化から、袋に詰め込む文化に変容していきます。紙袋は確かにお洒落で、使い捨てできて便利ですが、一方で過剰包装やゴミ増加の原因ともなります。
風呂敷は一枚の布なので、どのような形のものでも自由に包むことができ、また軽く、折りたたむことができるので使わないときはしまって持ち歩ける融通性・自在性があります。既に四角く形の決まっている袋に「隙間なく詰め込む」という発想から、その物の形にあわせて「包む」という発想への再転換。
この春、買い物をするときには包みも紙袋も断って、懐から春らしい柄の風呂敷を取り出して、その場で商品を包んで持ち帰ってみては。
そんな、心遣いを思わせる行為、粋だと思いませんか。
(文責:大塚玲奈)


