エコ×経営に関するエトセトラ、日々の活動について徒然なるままに書いています。コメントお待ちしております♪


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2007年09月30日  彩和祭(さいわさい)

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エコトワザでは、企業の環境への取り組みを応援するため、事業の一環として「彩和祭」というイベントを実施しています。

彩和祭の目的は「楽しく、気持ちよい空間と時間の中で、生活者も企業も「明日からできる」エコな考え方と具体的行動を持ち帰って頂く」こと。参加者は、主に環境問題に「興味はある」けれど具体的に「動く方法がわからない」、20〜30代の女性です。

エコに興味のある生活者の方が環境配慮企業・商品を選びたいと考えたときに、環境への取り組みをしている企業の事例を紹介することを通して「自分らしい」購買活動をするための選択肢と基準をご提案すると同時に、企業にはCSR活動の継続性・透明性を高めるための、生活者からの意見・評価を収集する場としてご活用いただけたらと思っております。

運営方針は以下の3つ。
○体感=基本コンセプト「彩和」を、言葉ではなく全体として表現、体感していただくこと
○起承転結=硬い内容(セミナー)と柔らかい内容(アート)の最適な起承転結の組み合わせを追求することで、気負わずに語り合える場をつくること
○可視化=テーマに関してできるだけ多面的にとらえ、複雑な問題をなるべく正確に可視化し、結論を押し付けるのではなく選択の基準を提案すること

イベントの企画って、とてもパワーがかかるし、参加者が集まるかも直前までわからないことが多いし、けっこうストレスフル。
毎回、前日の修羅場の中「二度とやりたくない・・・」と思うのですが、当日が終わると、「あ、次はこんなテーマで、こんなコンテンツにしよう!」なんてすぐ次の話をしてしまうから、イベントは麻薬ですね。

【彩和人の詩】

人と自然が無理なく共存できる、気持ちいい関係。
人と人が和やかに結びつく、心地いい関係。

日本人が古来より受け継いできた「和」の精神で暮らしを「彩」れば、
人生は、もっと鮮やかで、豊かなものになる。

おいしい空気を吸って、おいしい水を飲んで、きれいな空を感じて。
 たとえ都会に暮らしていたって、ちゃんと自然に触れて、自然とつながっていたい。
 自然が与えてくれる優しい気持ちで、人とつながっていたい。
 
そんなライフスタイルを志す「彩和人」の輪をどんどん広げて、
この東京を、日本を、そして世界を、少しずつでも変えていきたい。
コンセプトに共鳴してくれた人が、身の周りの人に話したり、
新たなアクションを起こしたりして、また新たな「彩和人」が生まれる。

そんな循環を生み出す源流に、私たちはなりたいと思います。

― 彩和人が生まれる場所。それが、エコトワザ。 ―

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2007年09月28日  国連会議@NY

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いよいよ来たな、という感じです。
思わず徒然なるままに書いてしまいます。

地球温暖化問題について、国連を舞台にここから数十年の世界の枠組みが決められようとしています。今回は、アメリカVS欧州VSインド・中国といった構図でしょうか。

京都議定書から現在まで、温暖化問題の主導権は欧州が握ってきました。
先日書いた「カーボンオフセット」についてもイギリス発の枠組みで、市場がもっとも整っているのも欧州各国。途上国への技術支援を通じてCO2排出量を減らし、しかも経済的に持続可能な方法を考え出したのは、さすが元祖資本主義の文化圏。大航海時代→植民地征服→ODAによる途上国支援からの歴史的・思考的な流れを感じてしまうのは私だけ?
→(参考) http://d.wyco.jp/reina/2007/09/21/1.html

一方で、最近突然温暖化問題の政治的意義に気づいたアメリカは、主導権を取り戻すのに必死な様子が伝わってきます。
もうオフセット市場は欧州で出来上がりつつあり、アメリカは明らかに遅れをとっている中、対抗馬として出してきているのが「技術革新」というキーワード。世界レベルでの枠組みづくり(=削減目標+オフセット)ではなく、国別・さらに産業セクター別の「削減目安(×目標)を設けて、それを技術革新によって推進しようという考え方です。これは、もう一つの柱である中国・インドからは受け入れやすそうな申し出ですね。目安ですし。国によっての値なので、「先進国が排出量を減らす義務を負うべき」という主張とも相容れやすい。
でも、これも結局は新・資本主義国アメリカの新しいビジネスに見えてしまうのは気のせい?アメリカは石炭のCO2排出量を減らす技術が進んでいるらしいので、石炭が主なエネルギー源となっている中国・インドにその技術を売りたいのだろうなあ、、、と思ってみたり。ちなみにアメリカの国内政策には温暖化対策らしきものが見られますが、それはもともと、全然違った交通計画や農業保護政策を、「環境政策」という切り口で組み替えただけのようにも見えます。

あまり書くとアメリカ嫌いだと思われてしまうので、このへんにしておきますが、決してそういうわけではなく、国というか、今の政権は発足当初から××××・・・・。あの時ゴアが勝っていればなあ・・・。・・・・・。

それにしても、アメリカは政策が政権とともにドラスティックに変わるのに、日本は本当に誰が何をしても変わらない感じがして、それもおもしろいですね。
せっかく前回の会議でがんばって主導権を握ろうとした安倍首相の無念をはらすべく、今回がんばってほしいと思います。いきなり出遅れてますが(笑)

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さて突然、オタクな話題ですが・・・。

月曜にエヴァンゲリヲン映画版「序」を観に行ってまいりました。
十年前に流行ったテレビアニメのリメイクになります。
そして十年遅れではまりました。遅い!

実は去年、DVDでテレビアニメ版も手を出していたのですが、映画は格段によかったです。
映像技術の進歩もあるのでしょうが、ストーリー展開の矛盾がなくなり、各キャラクターがより洗練され、独特の世界観が完成していました。

キーワードは、「世界観」。
今日は、エヴァンゲリヲンの考察を通して、世界観の構成要素について考えたいと思います。

世界観を構成している要素は・・・
1.意味づけの深さ
一見、単純な話に見えますが、各エピソードを年表に落とすときちんとした歴史となっており、エピソードの裏にはさらにエピソードが広がる、というふうに、このアニメの中で起こるすべてのことに「意味付け」がされていること。創作者としては「なんとなくエピソードとしておもしろそうだから」という理由で、絵としておもしろい場面を入れたいという誘惑にかられがちと思いますが、そうした無駄な場面がいっさいなく、全てが因果関係で描かれています。
キャラクターの描写されない出自・生い立ちや、伏線の多さもすばらしい。

2.完成度の高さ
スキがない。舞台を観ていて興ざめする瞬間というのは、得てして役者が「素に戻る」瞬間です。つまり、演じている役から普段の自分に(不測の事態や、練習不足や、照れ隠しで)戻ってしまったときです。おなじくイベントなどでも「つくりこみ」が足りないと、観ている者は「あ、これはきっと時間がなかったんだな」「想定していなかったな」というふうに冷たく見抜きます。そのように見抜かれる穴がいっさいない、という完成度の高さにうならされました。
ちなみにアニメ版は、最後の方、明らかに製作者たちが力尽きているのがわかる映像と展開で、興ざめでした。

3.技術力
日本のアニメ技術の高さには本当にびっくりさせられます。絵の緻密さ、動きの自然さ、光やスピード感の表現。リアルでありながら、心をくすぐる「アニメ顔」は維持。アメリカのSimpsonsやNinja Turtlesには逆立ちしても真似できませんね・・・。
どんなにおもしろいストーリーを考えても、それを緻密に表現する技術力と、それを実現しきる人材・機材・資金がなければ。

こうした「世界観」を構成する要素は、実はビジネスについても同じことが言えると思っております。
イベントを企画するときももちろんですが、商品製造であっても、販売、サービス業、すべてはいかに世界観をつくり、統一し、細部にこだわるかにかかっているように思います。いわゆるブランドと言われるものはこの世界観をさすのではないでしょうか。世界観ビジネスとして代表的なのはディズニーランドなど消費者向けのサービスですが、意外にBtoBの外資戦略コンサルも世界観勝負のような気がしたり。

しかし言うは易し、行うは難し。
特にビジネスは映画と違って「モノ」の完成を持って完成しない、「継続」という軸が入るので難しい。
あの完成度を見せ付けられた後では、改めて世界観構築の難しさに頭を抱える1週間になりそうです。でも、だからビジネスはおもしろい・・・。

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2007年09月21日  カーボンオフセット

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昨日、西友がカーボンオフセット付エコバッグの販売をプレスリリースしました。

カーボンオフセットとは・・・
日常生活や経済活動などにおいて排出されるCO2 について、努力をしてもなお避けることができないCO2の排出量を、それに見合ったCO2の削減活動に投資することなどにより、打ち消す効果を得ること。
直訳すると「炭素」の「相殺(そうさい)」になります。

この概念は、「お金さえ払えばいくら排出してもよいという仕組み」として誤解されやすいのですが、決してそんなことはありません。
努力をすることが第一、それでもどうしようもなかった場合に「相殺する」という順番が大前提となります。

オフセットについて考えるとき、「京都議定書」が基本となります。
2012年までに日本を含む先進国がCO2の削減義務目標を持っていることはご存知の通り。
その削減義務を達成できない場合、国単位で他の国から「排出権」を買うことで、国際貢献するというのがオフセットの基本的な仕組みです。
方法としては、大きく分けると
1.目標よりも実際の排出量が少なかった国から買う
2.省エネ技術などを導入支援することで、実際にCO2の排出を減らした上で、その分を得る
3.植林によりCO2を吸収した分の排出権を得る(計算が難しそうですが)

それを「国」という大きな単位から、企業単位、そして個人単位で参加できるようになっているのが、今回の西友のおもしろいところです。
もともとイギリスから始まった考え方というだけあって、イギリスの航空会社はすでに乗客がお金を払うことで、旅行に使った分のCO2をオフセットする仕組みも整っています。日本でも、きっとこれからの数ヶ月間でそうした動きが活発になりそうですね。

生活者ができる「環境貢献」の一つの形として、今注目のオフセット。
ぜひ、アンテナを立ててみてください☆

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2007年09月20日  大人になるって

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こんばんは。

昨日、とある企業のCSR活動についての取材に同行したのですが、
その担当者の方が、「社会貢献活動」と「売上」の間に関連があると思われることを大変嫌がっていたことがとても印象に残りました。

企業が社会貢献活動をすることを通してブランドイメージが上がったり、
あるいは本業とシナジーのある分野で社会の発展につとめた結果、
その社会からの恩恵を受けて売上が上がる。

きわめて自然なことだと思います。

でも、悲しいかな、企業VS社会(消費者)の構図はまだ残っているのですね。
「社会貢献を売上拡大の道具にするとはケシカラン」
「社会貢献と言いながら、結局は自分のためか」
と言われることもあるのだろうなあ、としみじみ思いました。
冷静に考えたら、社会貢献(コスト)をかけた分だけ売上(リターン)がなければ、その活動自体継続できないので、自分のため=社会のためのようにも思うのですが・・・。

20世紀は、企業=悪、企業VS社会、企業VS非営利団体の時代でしたが、これからは「共生」がキーワードになっていくようにも思います。共生、共に生きる、は簡単なようで難しく、お互いに共存共栄の関係を築くためにはバッシングではなくアウフヘーベンが必要なのですね。

そのためには自分も含め、生活者が「大人になる」ことがとても大切。
子供は、自分の視野の中だけで暮らせばよく、他人の立場やバックグラウンドに目を向けません。でも、大人になるということは、自分と違う他人のことを、いろいろな視点から考えて冷静な判断をするということなのではなかったでしょうか。批判をするだけでなく、WinWinの解決策を提示することは、かっこいい大人の特権ですね。

CSRの担当者が、胸をはって、社会貢献を通して社会と自社の利益に貢献していると言える日が早くきますように、と切に願った昨日でした。

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2007年09月19日  エコチェーンネット

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こんにちは。

エコトワザでは「エコチェーンネット」というサイトを運営しているのですが、そのコンテンツの一つに「エコ診断」というものがあります。
http://www.eco-chain.net
(現状では会員登録しないと見られないのです、ごめんなさい!!)

質問に答えていただき、エコ度をはかるのですが、
最近おもしろい傾向に気づきます。

自己申告で、「自分はエコ意識が高い」と答える人がほとんどいない。
「ふつう」あるいは「低い」と答える方がほとんど。
それなのに、診断の結果を見るとみなさん、けっこう高い値を出している。

そもそも、エコチェーンネットは、企業に対して自分のエコアイディアや普段思っていることを発信していただく場です。そうした場に登録してくださっている時点で意識が低いはずがないのに、みなさんとても謙遜している。

話を聞いてみると、実は環境問題について深く考えている人であればあるほど、その問題の深さと複雑さがわかるがゆえに、自分の無力さを感じて「自分にできることはない」と考える、という傾向があるようです。ちなみに私もエコを仕事にしていながら、自分の意識レベルを聞かれると「・・・ふつう・・・いや、低いかも」としか思えなかったりします。確かに、生活の中で意識することはあっても、どんなに頑張っても「充分!」となることはないのが環境問題の大変さですね。

エコ診断を通して、「私は意外に意識が高かったんだ!」ということに気づいて、前向きに問題に取り組む方が増えたらいいな、と思います。

「エコチェーン」は造語ですが、私たちが「自分」から始まる「チェーン(くさり)」を手繰って、世界の裏側の環境問題や社会問題とのつながりを感じて行動していただくためのツールになったらいいな、と思っています。
これからも更新していくので、興味を持った方は是非一度のぞきにきてみてください。

http://www.eco-chain.net

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2007年09月18日  夢喰う人々

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こんにちは。三連休はいかがでしたか?

月曜日に、大学時代の友人ナナコが家に遊びに来たのですが、
とてもよい刺激をもらったのでシェアさせてください。

ナナコは同じ大学の同級生です。
学生のときにミュージカル劇団を立ち上げ、自ら脚本・演出を担当し、シカゴにも留学をしていたパワフルな女性です。
しかもそこから演劇に目覚めてしまい、卒業後はふつうの就職活動をせずに劇団四季に舞台監督助手として入団したツワモノ。(ちなみに私は彼女の演出のもとミュージカルの舞台に出演し、日々厳しく指導されていました)

お互いに時間が合わず年に一度しか会わない関係ながらも、毎回距離と時間を感じずに馴染み、それでいて目覚しく進歩していく様子に驚かされます。

舞台の裏方の仕事はやはり体力的・時間的に厳しいようで、前回会ったときは本当に大変そうな印象でしたが、一年ぶりの昨日は仕事を任されるようになり充実しているのがよくわかりました。私はひそかに、彼女が最年少舞台監督になるのではないかと心待ちにしています。本当に人間的にも、芸術的センスも、周りに類を見ない人なのです。
(あまり持ち上げると、本人にブログを読まれたとき恥ずかしいのでこのくらいにしておきますが)

彼女は、いつの日か地元の新潟県に演劇をもっと広める活動がしたい、という夢を持っています。
今はその日に向けて、四季という日本最高峰の舞台で、都会の目の肥えた観客を相手に勝負(修行?)している様子が伝わってきて、一歩ずつ、着実に夢に向かっている姿にプロ意識の強さを感じました。

何かのプロになること、それは日々「修行」を怠らず、無駄なことをやらず、一所懸命に継続すること。ナナコの姿勢からはいつも凛としたプロ意識が垣間見えて、一緒にいて心が洗われます。

ビジネスでも芸術でも、夢を「見る」のではなく、夢を「喰う」ことが醍醐味。

精進しようと決意新たにした週明けでした。

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2007年09月15日  戦略と社会

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さて昨日の続きになりますが、12月にハーバードの(かの有名な)マイケル・ポーターが書いた論文「Strategy and Society」がアメリカでは物議をかもしております。

ものすごくまとめてしまうと、こういうことです。
我々はビジネス上の意思決定をするとき、競争戦略などなんらかのフレームを用います。しかし、CSRについては、いろいろなステークホルダーからのバラバラの要請にあわせて、場当たり的に対応している場合が多く、戦略的な判断がされていないのが実情。
そうではなく、CSRについても他の意思決定と同じように、競争戦略論のフレームを使って、社会にとっても自社にとっても最も利益になる戦略を選んで行うべきだ、という結論です。

確かに、現状のCSRは一般論で語られることが多く、一般的に大きな社会問題とされている問題に対して、全くそこで優位性を発揮できないにも関わらず「社会から要請されているように感じて」寄付をしたりボランティアをしているケースが多いのではないでしょうか。

製薬会社がエイズ問題に取り組む、(文化活動を楽しむハイクラスの人々を顧客とする)クレジット会社が劇団を支援する、そういった本業の競争優位性と合致して、かつ社会に対して最も大きなインパクトを与えられるCSRを推進した方が、なぜか電子機器の会社がエイズ基金に寄付をするよりよほど価値を発揮しやすい、というのはその通りだと思います。

現状、日本で導入されているCSRチェックリストはサプライチェーンに沿って、社会に対して悪影響を及ぼす可能性がある部分を緩和する形のものと思われます。これは大事なことで、サプライチェーンに沿った問題については、一つずつ、一つでも多く解決していくことが望ましいと考えられます。
ただそれでは差別化にならず、ポーターの競争戦略の4つの要素、?生産要素、?需要、?企業戦略、?周辺産業、に照らして、そこに合致した社会問題に焦点を当てることの方が確かに戦略的で他に対して競争優位性をつくるチャンスになりますね。

大企業の方がその効果は見えやすいかもしれませんが、競争戦略論が企業の大小と関係なくあてはまるように、CSR戦略についても、大企業であろうと中小企業であろうと、一度試してみる価値はあると思います。

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2007年09月14日  CSRは戦略なのに

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こんにちは。

そんなわけで(?)ハンサムな会社の定義5=社会貢献、を研究しておりますが、いまだに日本では「そんなことをビジネスにするとはけしからん」という意見が横行しています。

社会貢献は寄付やボランティア精神からやるべきで、そこでお金をもうけようと思ってはいけない、なぜNPOにしないのだ!という意見です。
また、企業のCSR担当者から、「お宅は会社だから、お金をお支払いできません。NPOにしかCSR予算は使えないことになっているのです」と言われて驚きました。その差は!?

そもそも儲けてはいけない=NPOという発想も間違っていると思うのですが、それはまた別の機会に書くとして、私は企業の社会貢献は「事業戦略」と一環していなければならないと考えています。

今のCSR(企業の社会的貢献)は、80年代に流行したメセナ・フィランソロフィーの流れを汲んでいるせいか、PR(Public Relations)やメディアへのアピールと取り違えられていますし、企業の本業とは離れたところで、環境保全、スポーツ・文化振興のための協賛など寄付活動と思われています。
しかし、これからの十年間でその流れはきっと変わります。

そもそも企業と社会は対立関係ではなく、相互依存の関係にあります。
ところが今のCSR議論は、企業VS社会の構図を前提に語られている。

企業が、競争戦略の視点から、社会との接点を捉えなおし、自分が最も力を発揮できて、かつ社会に対してインパクトを与えられる分野において社会的価値を生み出すようなフレームが最近ようやく出てき始めました。CSRは寄付活動ではなく、相互依存した社会と会社の関係性をより密接にし、より大きな「価値」を生むための手法としたら、その「価値」を生み出すことは立派な事業と思いませんか。

ちなみに「インパクト」というのもキーワードですね。
これまでのCSRの価値は「寄付額」「ボランティアした社員の数」で語られてきました。でも、これからはプロセスではなく「それがどれだけの社会的インパクトを与えたか」という成果で語られる時代がきます。

今日はここで力尽きますが、明日、これについて非常に端的にまとめた論文をご紹介します。まだ日本では出ていなかったと思うので、私なりの翻訳になってしまいますが、おそらく近いうちに邦訳も出ることでしょう。

お楽しみに・・・ ばたっ

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2007年09月13日  つながっている

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昨日の「ハンサム」に続き、今日はもう一つのキーワードをご紹介します。

エコトワザのキーワードは
「つながっている」

HPをご覧いただければわかるように、イメージアイコンは「唐草模様」です。
ロゴも唐草と手毬で構成されています。
http://www.ecotwaza.com

高校〜大学にかけて、環境問題がなぜこんなに深刻なのに、自分も含め、なぜ人類は(人類!!さすが高校生、発想が大きかった)動こうとしないのだろうと悩んでいました。
その答えは、「つながり」の欠如、と気づいたのがエコトワザ設立のきっかけです。

もともと日本語には
・因果応報
・情けは人のためならず
・風が吹けば桶屋が儲かる
・言霊
といった、自分の行為と他者への影響を「関連性」でとらえた言い回しが多く、西洋の国と比べると「関連性」への意識が強いと思います。
これは、自然と人間の関係性についても同じだったはずです。

「私」が川の水を汚せば、「川」が汚くなって、「魚」がとれなくなって、「私たち」がみんな困る

あたりまえのことですね。

でも、「あの山とこの川の間」で生活が完結していた時代と違って、現代人はあまりに複雑で広い世界と物理的につながってしまっています。
そうすると、もう想像力の世界。

人は、自分の行為、自分の食卓、毎日の生活と、遠い国で起きているすさまじい自然破壊の間の「つながり」が見えないから動けない(動かない)けれど
そのつながりに気づいた人から危機感を持っていくのではないでしょうか。

自らもそうした想像力を養うこと、そしてその想像力を可視化できる
そんな人になりたいと思います。

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