アメリカに行く前のことだったのですが、おいしかったご報告。
弊社の庭には古い柿の木があるのですが、毎年デキが違うので秋の収穫がとても楽しみです。
今年は11月3日に収穫したのですが、美味しかったですね!
実が大きくて、つまっていて、市販のものよりおいしかったように思います。
去年はいまいちだったのですが一体何が味に影響しているのかはいまだによくわかりません。おそらく夏は暑く、秋涼しく、気温差が明確な方がいいのかなとは思うのですが。
今年は台風が少なかったおかげで、実が熟す前に落ちることもなく数が多かったことも勝因かしら。
収穫には実家の父母も参戦。
剪定用の長いハサミを持って枝を切る人+サングラスをかけて落ちてきた枝をキャッチする人、というチームプレイ。
2007年11月23日 三人よれば言いまつがい
女三人で同居しているのですが、先ほど衝撃的なことが。
お笑い番組を見ながら、
「あ、あれあれ、ロンリー」
と言ったら、同居人Aが
「ちがうよ、ダンディだよ」
「あ、そっかー」
そこに冷静な同居人B
「ムーディだよ・・・」
なななんと。
我が家ではテレビを見るたびに、毎回同じような三段落ちの会話が繰り広げられます。
私
ボケ担当
(物事をイメージでしか覚えないため、「田中さん」も私の中では「鈴木さん」。なぜならよくある名前だから)
↓
同居人A
中継ぎ担当
(すかさず正解を言おうとして、自らも期せずしてぼける)
↓
同居人B
落ち担当
(やたらと芸能に詳しいのと、うちの副社長で、よく社長の尻拭いをしているため、私の発言に対する読解能力が高い)
ちなみに昨日は、荻窪にある鴨南蛮のおいしい店の名前を思い出そうとして、こんな会話が。
私「う〜ん。ホームランとか、ホームラン軒とか、そんな名前だったかなあ」
というあいまいな情報に対して、
同居人BはGoogleで検索して
「それって、『本むら庵(ほんむらあん)』じゃない?」
それそれ!!す、すごい!よくわかったね!
ということがあったので、同居人Aは今日こそは先に落ち(突っ込み)を言おうとしてしくじったそうです。しかも、「ロンリー」から「ダンディ」をあてた自分はエライと満足していたようです。
以上、愉快な仲間たちからの中継でした。
2007年11月22日 帰国しました
10日間のアメリカ出張から昨夜帰国いたしました。
ボストン→NYの旅でしたが、ハーバードの教授や生徒さんを中心に、たくさんの方とお会いしてとっても刺激的、インスピレーションをたくさんもらってきました。
アメリカは全体としては環境にやさしくない国ですが、一部の先端の人たちは、さすが、本当におもしろいことを考えています。
旅行中のあれこれについて、これからちょっとずつ書きたいと思います!
2007年11月16日 ~四季を感じて~“霜月”バージョン
はやいもので2007年もあと1ヶ月半ですね。
やり残していることは、ありませんか?お仕事だけではなくプライベートも、今年一年の目標をそろそろ振り返る時期なのかもしれません。
厚生労働省によると、11月は「ゆとり創造月間」。
お昼の暖かい日差しの中で、お散歩したい衝動に駆られながら、今回は季節にちなんだお話をゆったりお届けしたいと思います。
今回のテーマは「霜」です。
日本では旧暦11月を霜月と称していました。
現在の新暦においても異名として使われていますよね。
霜が降りる月だから、というのが定説ですが、実際、霜って、いつごろ降り始めるものなのでしょうか。
地方によって違いますが、1971~2000年の平均では、旭川では10月7日前後、東京は12月14日前後、大阪は11月30日、福岡は12月8日頃だそうです。
また、気象庁によると、東京で最も早く霜が降りたのは10月21日で、これは1937年のこと。最も遅かったのは1995年の、2月6日だったそうです。
そもそも霜とは、物体の表面が冷やされて、空気中の水蒸気が凝結してくっつく、氷の結晶のこと。
風が弱く穏やかに晴れ、放射冷却により気温がおよそ5℃以下まで下がった朝、地面付近の温度が0℃以下となると、霜が降りることがあるそうです。
また、霜柱というのは、霜とは別のもの。
地中の温度が0℃以上かつ地表の温度が0℃以下のときに、地中の水分が地表にしみ出し、柱状に凍結したものだそうです。
温暖化の影響により、霜柱を見かけなくなった地域もあるようです。
子供のころ、寒い日の登校中に見つけてさくさく踏み歩いた思い出を、次の世代や、その次の世代の人たちと共有することは難しくなってしまうのでしょうか。
少し悲しい気がします。
日本の四季の美しさ、楽しさをいつまでも大切にしていきたいですね。
(参考:Wikipedia)
(文責:大住典子)
2007年11月07日 世界を変える会社の会。
という名目ではまったくなかったのですが、今週末も恒例の(?)鍋パーティ@エコトワザオフィスでした。
メンバーは
株式会社吉田鎌ヶ迫の皆さん
http://www.yoshidakamagasako.com
有限会社メディウィルの皆さん
http://www.mediwill.co.jp
実は、社長はいずれも大学時代のゼミの先輩です。
変わったゼミで(教授も、メンバーも)、歴代の卒業生はうちの大学の中でもかなり珍しい起業率の高さ。
ゼミの内容自体はよく覚えていないのですが、先生のインパクトと諸先輩方のキャラの濃さに、最年少の私はいつも圧倒されっぱなしでした。
そういえば2000年時点ですでにユビキタスやテレビ広告の効果測定といった研究テーマを選んでいたので、かなり先見の明があったのでは?
思えば、あのゼミに入ったことが現在の自分にも多大な影響を与えています。
若くして起業した先輩がこれだけ身近にいる環境や、今もそのときの先輩方が、起業したての後輩の世話をしてくださるつながり。
振り返ると、こうした一つ一つがすべて今の自分をつくっているのだなあ、と気づかされます。本当に有難いことです。
この両社(と、もちろん弊社も★)いずれ世界を変える会社になる予定。
今後もご注目くださいね。
2007年11月06日 伊香保温泉は宝物
週末は、弊社の「ビジョン合宿」で伊香保温泉に行ってまいりました。
初めてでしたが、坂の多い街並み、レトロ感漂う旅館やお店、おいしいごはんとお饅頭!すっかりファンになってしまいました。
▼素敵な街並みのポイントは、その「古さ」。
「歴史」と「時間の積み重ね」だけは人工ではつくれません。
日本ではスクラップアンドビルドで商業施設をつくりがちですが、
こんな景観は一度壊したら二度と戻ってこない。
これからも大切にしてほしいですね。
▼そして魅力的なお店がたくさん。
協定でもあるのでしょうか?電飾看板などは見当たりませんでした。
また呼び込みなど大声を上げるお店もなく、静かで快適。
お店がみんなで景観と雰囲気を守っている、そんな感じがします。
旅館の人も、お土産を買いに入ったお店の人も、タクシーの運転手さんも、なんだか皆さんとってもあたたかくて、かわいく商売上手で、ほっとする2日間。
もちろん温泉も気持ちよかったのですが、それより人情と街並みに癒された気がします。
さらに驚いたのが、徹底したブランド戦略。
広義の「伊香保温泉」は「水沢うどん」という日本三大うどんの一つが食べられる場所として有名なのですが、その「水沢うどん」は、実は伊香保の温泉街では食べられないのです。
「水沢観音」という、温泉街から車で10分くらいのところにあるお寺の門前にずらっと水沢うどんのお店が並びます。
「温泉街でも店を出せば、わざわざ移動したくない観光客が集まって儲かるぞ」となりそうなものですが、多分お互いに取り決めをしているのでしょう。
反対に、伊香保名物の「湯の花饅頭」は水沢に行くと名乗れないらしく、饅頭は別名で売られていました。お互いの特性を際立たせてまぜないことで、両方に観光客が行って両方栄える。ブランディングの教科書に書いてあっても、私利私欲に走るとなかなか実現できない差別化が、ここではちゃんと成り立っていました。
いろいろと勉強になった伊香保温泉。
ビジョンの方も着々と決まってきました☆
2007年11月01日 文房具とエコ
皆様こんにちは。
今回のテーマは、文房具です。そのなかでも、今日は「鉛筆」について考えてみたいと思います。
鉛筆というと、小学校に上がりたての頃、毎晩しっかり5本、先を尖らせて筆箱にセットしてランドセルに入れ、わくわくしながら布団に入った思い出や、高学年になってシャープペンを使いたいのに、先生に鉛筆しかだめ、といわれて使えなかった苦い思い出が、よみがえってきます。そんな鉛筆も、中学生、高校生と学年が上がるにつれ、だんだんと影を潜めてきました。使ったのは、試験のマークシートを塗りつぶしたくらいで、今ではボールペンや万年筆しかつかわない、という方も多いのではないでしょうか。
そんな、身近だけれどもその存在について実は深く考えたことはない、鉛筆。その歴史はとても古く、16世紀にイギリスで黒鉛が発見されたことから始まります。そして17世紀には日本にも渡ってきたらしく、日本で始めて鉛筆を使ったのは、徳川家康だと伝えられているそうです。そして長い年月を経て、19世紀には、今私たちが目にするような、木軸の丸い鉛筆がアメリカで誕生しました。
日本で、教育に鉛筆が用いられるようになったのは明治時代で、その理由には、間違えても消せる、軽い、書き味が良い、長時間使っても疲れにくいなどがあったそうです。また、鉛筆の芯はシャープペンに比べて太いため、とめ・はらいなどが忠実にできたこと、持ち方を学ぶのにも適していることから、小学校の低学年では、シャープペンにとってかわられることがなかったのですね。
でも、なんで、木を切って作られる鉛筆がエコなの?と、疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか?しかし、鉛筆に使われる木材は軟質で建築材料にはなれず、その量は国内で使用される木材の0.02%にすぎないそうです。また、文房具の業界も工夫を重ね、エコが話題になるだいぶ前から環境に配慮した商品作りを進めており、トンボ鉛筆が9月に公開した「環境報告書2007」によると、「エコマーク商品の売上高が全体の50%を上回った」そうです。たとえば、鉛筆でも、それだけでは短すぎて使えないような端材を再利用して軸を作る技術を開発したり、黒鉛リサイクルして使用する試みがなされています。つまり、削りかす以外には全くごみがでないのです。
その他の筆記具にも、エコなものが生まれてきています。プラスチックだからエコじゃない、と思われがちなシャープペンの中には、再生素材を積極的に使いエコマークを獲得した商品も多くあります。
エコマークは、環境にやさしい商品を選ぶ際の一つの指標になります。消しゴムの消しかすが出てしまうことや、芯が折れてしまうために、鉛筆やシャープペンはオフィスでは敬遠されがちですが、デザインにもエコにもこだわった文房具で、ご家庭の電話まわりちょっとした場所に彩りを加えてみませんか?
(文責:大住典子)
2007年11月01日 夢を語るということ
「100万回口に出して言うと、夢は叶う」
その通りだと思います。
人間は、表に現れている意識ではなく潜在意識にすごい力を秘めていると言いますが、夢をかなえる力は実はこの潜在意識にあるのではないかと思います。
潜在意識というか、本能というか、「こうなってほしい!」と強く願うと、本当に叶っていく感覚というものがあります。
でも、そのためには
「そもそも、夢を描く」
という作業が必要になります。毎日がつまらない、やりたいことが見つからない、という人はこの夢を描くという作業を怠っていることが多いですね。
夢はある日突然降ってくるのではなく、自分と向き合って考えたり、何のために生まれてきたのか悩んだりする中で、ある日なんとなく見えてくるもののような気がします。そういえば、何かの本で「人間は、実はかなり若い(幼い)ときに自分の夢を見つけている。けれども、多くの人は教育や周りからの雑念の中でその夢を無理だと決め付け、忘れていってしまう」と書いてありました。
夢を描くには、そうした過去や、もっと遡った家族のルーツや、心の声を聞くという楽しくもつらい作業が不可欠です。
そして描いた夢について
「無理」といわない。
「私はこれを叶えたい」ということを、公言する。公言が恥ずかしかったら、親しい人にとにかく話してみる。
そうすると、不思議なことに向こうから実現がやってくるようです。
起業したいと言っていれば、起業を支援する人や、すでに起業した先輩や、おもしろいセミナーの話が転がってくるし、
デザイナーになりたいと言っていれば、社内のそういうポジションや、研修の話や、デザイナー募集のはなしが転がってきます。
これは、不思議ですが絶対に、来ます。
でも自分がやりたいことを言葉にできていないと、アンテナにひっかからないので、見過ごしてしまいます。
だから夢を語るということはとっても大事なんですね。
高校生も、大学生も、社会人になってからでも、いつでもいいから夢を探してほしいなと思います。そして若ければ若いほど、いいと思います。
夢を語れる子供がたくさんいる国になったらいいな、と、自分もまだ若造ですが、思う次第でございます。



